ココちゃんを静かに見送りました

 

ようやく書けるかなと思うようになったので、ココちゃんのことをば。

先月、お盆で「ミュウくんが帰ってきてるかな〜。」なんて話をしていた頃、ココちゃんが静かに息を引き取りました。

数日前に後ろ足が動かなくなり、前足だけで行きたい場所へ行こうとしていたので、私が後ろ足となり、昼夜問わず動く音がすれば起きて「大丈夫、私が足になってあげるから、行きたいとこいきなね」って声をかけながら過ごしていました。

亡くなる2日前からは前足も動かなくなり、目の表情で何をして欲しいのかを感じ取る作業が必要になりました。

でも私はその微妙な彼女からの気持ちが感じられると、とっても嬉しくなって、ひとりで「そうだよね・・おむつは本当は嫌だよね。でも、考えてもみてよ。もし私がお買い物に出てる時に我慢できなくなったとするじゃない?で、お漏らししちゃったらもっと臭いが気になっていやでしょう?私はオムツつけてるココちゃんもとってもかわいいと思うし〜🎵」なんて普通に話をしたりして笑
ココちゃんは後ろ足が動かなくなっても、どうしてもトイレに行くのよ〜!っていう気持ちを出している子でした。

ココちゃんを静かに見送りました

夫は猫とよく会話をしていて、不思議がってた私に、「猫が話せないって誰が決めたのさ」と逆に不思議がっているような人です。
出会った当初は色々疑っていた私ですが、とにかく猫がみな主人にべったり。
本当にちゃんとコミュニケーションが取れているんだって、私にも確信のようなものが感じられるようになりました。

夫と出会ってから、徐々に私も猫に洋服を着せなくなり笑、首輪もしなくなりました。猫たちのあれこれつけたくないだよね〜って気持ちが感じられたんだと思います。

この頃から少しずつ、目に見えるものだけが全てではない。耳で聞き取れることが全てではないことを理解できるようになったのかな?

 

ココちゃんが生から死への呼吸をしているとき、家族4人でその様子を見ていたのですが、ココちゃんがボロボロと涙を流し始めて、私も自然と、

「うん。寂しいね。私も本当に寂しいよ。でも、ありがとね。一緒にいるためにこんなに頑張ってくれたんだね。いつもそばにいてくれてありがとう。うん、ココちゃん、私も大好きだよ!」

そんな会話をしていました。
後で夫が「ココちゃんから離れるのが寂しくて仕方がないって気持ちを感じたね。あの涙はきっと寂しいっていう気持ちの涙だと思うよ。」と言っていて、冷静になって考えると不思議なこの見えない気持ちのキャッチボールを、夫も感じていたんだと思った時、ものすごく気持ちが軽くなったのを覚えています。

この不思議な体験について少し自分の中でどういうことだったのか知りたい気持ちが湧き出てきて、偶然「ペットがあなたを選んだ理由」という本を手にとったのですが、この本と出会ったおかげで私の気持ちが自分でもびっくりするくらいに落ち着きました。
私がココちゃんとお別れする時に彼女に言ったお礼の言葉。

私が求めていた「そっとそばにいること」を、ココちゃんがそっと与えてくれていたんだと思うと、 もっとそばにいて欲しいという気持ち以上に感謝の気持ちがどわ〜っと溢れてきて。
最後には私にも、ココちゃんのそばにこれでもか!ってくらいいさせてもらった。食べたくないご飯を生きるために口へ運び、お節介なほどにそばで彼女の心を聞いた。嫌われたかなと思っていたけど、彼女から私への感情は「大好き」と「離れるのが寂しい」だけだった。

この本から少し。

クロは「死んじゃった」んじゃなく、「人生の目的を果たし、終えることができた」。そして、私は心理学の基本である「現実は事象ではなく認知である」というとらえ方、またスピリチュアルな分野での「人生とは起こった出来事ではなく、解釈でできている。その解釈で人生は天国にも地獄にもできる」という意味を体感したのである。後悔と疑問に苦しみ、泣いてばかりいた生活が、軽やかに明るくなったのだ。

私は無条件にスピリチュアルの考え方を信じている訳ではないけれど、自分の “目には見えないけれど感じられること” は大切にしてる。

こんな一見妄想とも取られかねないことを、決してバカにするでもなく、「あなたがそう感じるならきっとそうなんだと思うよ」と言ってくれる夫と出会わせてくれたことも、なによりココちゃんやミュウくんからもらった人生の大きなギフトなんだろうと思う。
ココちゃんの涙をみて、たまらなく好き、寂しい、離れたくないって感じたけど、ググってみたら ”猫は悲しくて泣くことはない”って書かれてさって夫に話したところ、「そんなの誰にもわからないじゃん。猫の涙や気持ちについて誰も証明できないよ。ココちゃんは離れることが寂しかったんだと思うよ。それはあなたが感じたことがあなたにとっての本当なんだと思う。」と言ってくれて、一緒に泣いたことで、どれほど救われたか。
スピリチュアルな感覚を怪しんでバカにされることは別に気にしない。
自分の中で感じ受け止め解釈し、浄化できたときに感じられるとっても前向きな気持ちがあるからこそ、前向きに生きていける訳で。
私はやっぱり自分の感じること、感じていることを感じられるこの感覚に感謝しているから。

ちなみに、どの猫からも感じられる訳ではないのです。
実家のチッチからは、「お前、あっち行けよ」くらいのことしか感じられなかったし笑

普段会話をしていない猫と当然だけどコミュニケーションが取れない時、言葉って便利だな〜ってつくづく思う。
でも、言葉はそこに嘘があっても分からなかったりするし、結局は目に見えること、耳で聞き取れることが全てじゃないんだよね。

cocomiu
cocomiu (as a designer and an illustrator) lives in Tokyo with my husband,daughter and cats. likes taking photos, doing yoga and shopping.